「紡がれる言葉」のライン

「言葉」は並んでいるのではありません。「言葉」は流れの中で紡がれていくものです。そうした「紡がれていく言葉」を表現した作品を紹介します。

進化する恋人たちの社会における高速伝記

畒見 達夫/ダニエル・ビシグ|UNEMI Tatsuo / Daniel BISIG

人間社会を模した進化生態系シミュレータが自動的に作り出す、高速で展開する人生ドラマを鑑賞する作品。シミュレータ内の仮想空間に存在する数千もの個体は、男性が角ばった形状、女性が丸い形状、子どもは男女それぞれの形状で小さく、そして「もの」が三角形で表現される。シミュレーション内の時間の進行は10日間を1ステップとし、人の一生は約1分半で計算され、誕生、恋愛、離別、死を繰り返す。各個体は、性別に関わらず好みの姿の遺伝子を持つ相手に求愛するが、異性カップルからしか子どもが生まれないため、異性から恋愛対象とされるような見た目に進化する。同性に恋をする個体も存在し、時には「もの」に恋をする個体も現れる。作品には個体が動き回る様子と、数個のサンプル個体の人生の出来事を記述した文章が表示される。同時に、発話合成を使ってそれらを読み上げ、産声、男女の音声による求愛の言葉、そして葬送の鐘の音が重なった効果音とともにスピーカから出力される。無機質でロジカルなシミュレーションによって、私たちが営む人生のサイクルを客観的に見ることができる。

[メディアインスタレーション|日本 / スイス]
第21回アート部門優秀賞受賞作品

© 2017 Tatsuo Unemi and Daniel Bisig

水準原点

折笠 良|ORIKASA Ryo

戦後を代表する詩人であり、シベリア抑留の経験をもつ石原吉郎(1915–77)の詩「水準原点」を約1年にわたって粘土に刻印し、ストップモーション・アニメーションの技法で制作した映像作品。次々と沸き起こる白い粘土の波は徐々に大きくうねりだし、やがて「詩」が1文字ずつ現れる。文字は波紋をつくって現れては波に飲み込まれていくため、鑑賞者は1文字1文字を噛みしめるように鑑賞しなければならない。さざ波のシンプルな反復が内包するドラマチックさを、クレイアニメーションの表現が引き出している。作家は、オスカー・ワイルド『幸福の王子』、萩原朔太郎『地面の底の病気の顔』などの文学作品をモチーフに、書くこと/描くことを運動=アニメーションとして提示する映像を制作してきた。斬新な水の表現と言葉の発生を捉える視点が高い評価を受けた。

[映像]
第21回アート部門優秀賞受賞作品

© Ryo ORIKASA

形骸化する言語

菅野 創/やんツー|KANNO So / yang02

人工知能が文字の形とパターンだけを学習し、意味は成さないが文字のように見える線を生成し、書き連ねる作品。本作の元になった文字の形は「あいちトリエンナーレ2016」にて収集された、各国の作家10人による手書きのステートメントや作品解説である。各文字体系の形状に加えて手癖も学習されており、プロッターで筆記される線はあたかも重要な言葉のごとく、見るものを欺くようでもある。
(310 cm (W) x 135 cm (L) × 15 cm (H))

[メディアインスタレーション]
第20回アート部門審査委員会推薦作品

© 2016 So KANNO and Takahiro YAMAGUCHI / Photo: Kikuyama

夜の眼は千でございます

上野 顕太郎|UENO Kentaro

1998年より『月刊コミックビーム』(KADOKAWA)で連載されている同誌最長連載のギャグ読切シリーズの単行本化作品。名作マンガや映画を題材に、高座の噺家の語りをそのままマンガにした「落語マンガ」のシリーズをはじめ、さまざまな芸術家の画風で描いた交通標識が実際に現れるナンセンスコメディや、かるた、法廷画家、テレビショッピング、シューベルトの『魔王』をネタにしたコメディ、さらに水木しげる、生賴範義、望月三起也らの追悼企画パロディなど、さまざまな趣向と技巧を凝らした読切作品、全42話が収録されている。作者は1983年のデビュー以来、『帽子男は眠れない』(1992)『ひまあり』(2000-02)など、緻密に描き込まれた作画と、不条理でシュールなギャグを得意とし、本作においても、渾身の力で放たれる、たたみかけるようなギャグ・パロディの連続に、独特の構成力・演出力が生かされている。

[単行本・雑誌]
第21回マンガ部門優秀賞受賞作品

© Kentaro Ueno 2016

あの日からのマンガ

しりあがり 寿|SHIRIAGARI Kotobuki

タイトルにある「あの日」とは「3.11」を意味し、文字通り震災直後から驚異的なスピードで制作・発表された作品をまとめた短編集。朝日新聞の夕刊に毎日掲載された4コマ漫画には、自ら被災地へボランティアとして足を運んだ経験を踏まえながら、当時の人々のリアルな心理や行動を描写。また、原子力問題を取り上げ、著者独特の不条理とナンセンスを交えたファンタジー作品に仕立てている。

第15回マンガ部門優秀賞受賞作品

© SHIRIAGARI Kotobuki / enterbrain

岡崎体育「MUSIC VIDEO」

岡崎体育/寿司くん|okazakitaiiku / Sushi-kun

男性ソロアーティスト岡崎体育のメジャーデビューアルバム『BASIN TECHNO』に収録された楽曲「MUSIC VIDEO」のミュージックビデオ。ミュージックビデオにおける“あるある”がテーマの楽曲で、「カメラ目線で歩きながら歌う」「急に横からメンバー出てくる」などミュージックビデオで目にしがちな演出が歌詞になっており、その歌詞に沿って岡崎体育自身が“あるある”をひたすら再現していく。撮影スタッフは岡崎体育本人を含め、インディーズ時代からの盟友、映像作家・寿司くんと岡崎体育のマネージャー、計3名のみで、約100時間をかけて撮影した。制作費6万円ながら、SNSを中心に大きな反響を呼んだ作品。
(4分20秒)

[ミュージックビデオ]
第20回エンターテインメント部門新人賞受賞作品

© SME Records

環 ROY「ことの次第」

環 ROY / Daisuke Tanabe /折笠 良|TAMAKI Roy / TANABE Daisuke / ORIKASA Ryo

環ROYの楽曲「ことの次第」のミュージックビデオで、ラップの単語に合わせて点と線による文字が変化していく。映像制作の折笠良は、活動の初期から瞬間を刻み込むコマ撮りにこだわってきた。アート部門で優秀賞を受賞した、石原吉郎の詩を題材にした作品『水準原点』と同様、本作も映像がいかに言葉へとアプローチするかを追求している。

[ミュージックビデオ]
第21回エンターテインメント部門審査委員会推薦作品